調子に乗って、言わずもがなのことをポロリ、言ってしまうことがある。ある時、公の場といってもいい所で、シェイクスピアに関して、「ひと言で言えば、嫌な奴」と口走ったところ、あるご婦人から猛烈なお叱りを受けた。いやあ、怖かった。何も僕などの言うことに、そう目くじらを立てることもなかろうにと思ったのだが。
考えてもみて欲しい。そもそもシェイクスピア、謎が多い人物で、文体はばらばら、残されたエピソードからうかがい知れる人格は支離滅裂、複数説まである御仁である。
ストラトフォード時代、年上のアンとの恋愛沙汰も、妊娠させた上逃げ出すつもりだったという説もあるし、彼女との結婚も先方の親族の脅迫に遭ってしぶしぶだったという話もある。もちろん、純愛のように描く人も多いけどね。ロンドンに出てからの舞台創作での天才の発揮はさすがだが、借金はなかなか返さないわ、逆に自分の貸した金は容赦なく取り立てるわ、おいおい、お前はシャイロックか?揚げ句の果てに妻に遺言で残したものは、「二番目に良いベッド」のみ。これいい奴かと問われれば、やっぱりヤな奴だろう。僕は間違っていますでしょうか?
でも、「恋におちたシェイクスピア」は、なかなか良い映画だった。アカデミー賞を何本も独占するほどの傑作とは思わないが、愛に満ちた佳品である。
内容は「ロミオとジュリエット」誕生の裏話といった、割と他愛のないものなのだが、SFXを駆使した映像で、目を驚かせるような作品が多い中、何か舞台劇を作るように映画を作る、そういう手作りの喜びのようなものがフィルムの中に満ち溢れていた。いわば映画制作そのものへの愛、に対してオスカーは与えられたのだと思う。
グウィネス・パルトロウの男装、ヌードも目に楽しいのだけど、シェイクスピアを演じたジョゼフ・ファインズの演技が、なかなか説得力があった。つまり、僕の中にある「シェイクスピア=嫌な奴」というイメージと必ずしも相反さないのである。いったん思い込んだらまっしぐら、しかもどこに行くのか分からない。そんなキャラクターは、その場の思いつきでころころ変わるかに見える天才の一端を、確かに捉えていたのではないか、と思った。
先のご婦人、彼にまつわるいろんなエピソードをしっかり知ったうえで、シェイクスピアに恋していたのだ。変幻自在、神出鬼没。善悪の両義性。聖性と俗物。いやぁ、四百年の時を経て、これだけ女性を魅了する男というのは、やっぱりすごい。見習わなければならぬ。僕なども、よく嫌な奴と言われるが、これは褒め言葉なのだ。
とにかく。恋する女性の相手のことは、決して悪く言ってはいけません。
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