8/12/2009

オペラ座の怪人

 果たして成仏できたのかどうか。それが問題だ。
 つい先日、日本から知人が来たので、まあめったにないことと奮発してミュージカル「オペラ座の怪人」を見に行った。これが知人であって、愛人でないところがなんとも色気がないのだけれど、怪人でも変人でもなかったので、まあいいか。
 数年前にこの舞台、僕は一度見ていて、そのときは大して感心しなかったのだが、今回は素晴らしく良かった。ヒロインの歌姫クリスティーン役の女優は今ひとつだが、ファントム役のスコット・デイヴィースという役者が見事で、僕は不覚にも涙が出そうになった。
 このデイヴィース氏、憑依体質なのだろう、ほら、たまにいるでしょう、放っておくと一人でしゃべって、勝手にどんどん何かにとりつかれていく人。きっと、そういうタイプなのだ。とにかく、同じ演目でも演者によって、こんなにも印象が変わってくるのだと改めて実感した。
 「オペラ座の怪人」は、ファントムと、彼に魅入られた歌姫クリスティーン、そして彼女に恋するラウルとの三角関係を描いた恋愛ドラマである。
 愛するクリスティーンを守らん(?)がため、ファントムにより殺人が繰り返されたのち、舞台はクライマックス。助命を乞うクリスティーンを無視して、ファントムはラウルの首にロープをかけ今にも彼を殺してしまおうとする。彼女もラウルを愛しながらもまた、ファントムの魔力から逃れられないのだ。ファントムは悲痛な声で彼女に叫ぶ。「(どちらをえらぶのか)決断しろ!」。
 クリスティーンは、ファントムの元へ寄りキスし、強く抱擁する。ファントムはしかし、抱き返せない。再びキス。やはり彼の手は震えるだけで、とうとうあれほど愛した彼女のことを抱けないのだ。そして今度は彼が決意する。恋敵の首に巻いたロープを切ってやるのだ。恋人たちは手を取り合って幽界から脱出する。クリスティーンが一度戻ってくるが、これは先にファントムから与えられたリングを返すためであった。つらいなあ、これ。ファントムは一人孤独に心情を吐露したのち、どこへともなく消え去る。
 あのクリスティーンのキスと抱擁は何だったのか。
 ともかく、生者のキスと抱擁は、死者にはあまりにも熱すぎたのだ。だからファントムは抱き返すことが出来なかった。死者であるファントムは死者の世界を知り過ぎているがゆえに、生者のキスと抱擁を受けて、彼女への想いを断ち切らねばならなかったのだ。
 果たしてファントムは成仏できたかどうか。彼は自らを「エンジェル・オブ・ミュージック」と称していた。このあたりに答えがあるかもしれない。
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