8/20/2009

戦場のメリークリスマス

 前回「オペラ座の怪人」について、ひとつのキスがいかに荒ぶる魂を鎮め得る力を持つか、というようなことを書いたが、映画の中に、似たようなシチュエーションを思い出した。「戦場のメリークリスマス」だ。
 「戦メリ」は、ヴァン・デル・ポストの原作をほぼ忠実に映画化した、大島渚監督の代表作のひとつ。デビッド・ボウイ、坂本龍一、トム・コンティ、ビートたけしといった豪華キャストも話題を呼んだ。
 原作は確か三部から成っていたが、これをひとつにまとめ上げたものだから、映画は構成が少しつらかったと思うし、ボウイと坂本は、主役としては少し線が細かった。それでも力作であったことは間違いない。
 ときは第二次世界大戦。日本の捕虜収容所を舞台にした、日本対西洋(特にイギリス)の異文化接触モノだ。似たような状況設定としては、デビッド・リーン監督の「戦場にかける橋」があるが、こちらは戦争とヒューマニズムといった大きなテーマを扱っていて、比較すると「戦メリ」のテーマは、もう少し繊細微妙だったと思う。
 さて、問題のシーン。坂本演じるヨノイ大尉が、思うようにコントロールできない捕虜たちに業を煮やして、中のひとりを日本刀で処刑しようとする。ボウイ扮するセリアズ少佐がヨノイに歩み寄り、彼の両頬(正確には耳に近いところ)にキスをするのだ。瞬間、陶然とするヨノイ。そして彼は刀を振り下ろす力を失い、卒倒してしまうのだ。
 当時、ヨノイとセリアズの間に通う、ある種のホモセクシャルな感情が多く語られたし、映画の基底音から考えても、演出意図はそこにあったと思う。
 でも、そこまで深読みせずとも、「ああ、キスというのはかくも破壊力があるものなのだなあ」と単純に感心していてもいいんじゃないかな。官能は暴力よりも強し、である。
 そういえば、豊臣秀吉がねねだか誰かにあてた手紙で「早くお前のところに戻って、口を吸いたい」などと書いた物が残っているとか。血なまぐさい時代だけに、はっと息を呑む迫力があるし、手紙を受け取った本人も、うっとりと秀吉のことを思ったに違いない。「お猿・・・」。
 「ニューシネマパラダイス」という映画があった。前半があまりに美しくて、後半はなんだか散漫な印象しかないのだが、最後の最後が良かった。過去の映画のキスシーンのオンパレードである。ここだけで、胸の中は、シアワセいっぱいになった。
 僕もキスの効用を知っている。傍らの彼女のおしゃべりがあまりにも一方的で、いいかげんな相づちをうつのにも疲れたとき、キスをするのだ。おしゃべりはぴたりと止まり、ほんのひとときでも心安らぐ時間。官能は、言葉の「暴力」よりも強し、である。そのあとがまた大変だけどね。

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