8/05/2009

リチャード3世

 異形の者は、ときに極めてエロティックな存在だ。そのエロティシズムとは、たとえば「セクシー」なんて、良識や常識と折り合いをつけたような言葉で表現されるようなものでなく、もっと、深遠を覗きこんだときの恐怖に近いものだ。
 シェイクスピアの描いたリチャード3世は、まさしく異形の者だ。冒頭の独白で、彼は己れの異形を呪い、いわば世界に対する復讐の念から、王位の簒奪を誓う。
 言うまでもなく、リチャード3世は実在の人物。薔薇戦争で有名なヨーク家の最後の王である。シェイクスピアは、史実を踏まえながら想像力を駆使し、ピカレスク・ロマンといった趣の舞台劇を創り上げた。
 ストーリーを追うのはよそう。ここでは、二人の女性を採り上げる。
 アン。彼女は夫と義理の父をリチャードに殺され、喪に服している。リチャードは彼女の財力に目をつけたのだろう、言葉巧みに言い寄る。彼にはアンに対する愛情のひとかけらもない。あるのは悪魔的な野心だけだ。しかし、最初、唾を吐き掛けたほど憎い男に、アンはころりとだまされて、リチャードの妻となることに同意するのだ。
 乱世の中、後ろ盾を失った女性の、保身の知恵とも読めるだろう。だが、このむしろ陽気で饒舌な異形のリチャードに、シェイクスピアは強烈なエロティシズムを発見していたのではなかったか。破滅的だが計算高く、冷徹だが茶目っ気もある。見え透いた甘言だと知りつつも、相手が怪物なればこそ、己れの中のおぞましいものを覗き込む快楽に、アンが流されていったのも不思議ではない。そもそもエロティシズムとは、タブーを犯す悦びから生まれるものだ。
 リチャードは、兄王の没後、その跡取りである少年王を殺害して、王位強奪を成就する。妻アンを謀殺したあと、今度は少年王の母親でもある前王妃エリザベスに目をつける。本当の狙いは彼女の一人娘の王女である。エリザベスもまんまとリチャードの口車に乗り、協力することを約束するものの、政治情勢の急転により、彼の謀略は最終的には成功しない。
 しかし違う読み方もできよう。今回のリチャードの誘惑は、エリザベス本人に向けられたものではないのだ。これが本人に対するものであったらどうか。僕はリチャードの魅力に、エリザベスもやはり屈したような気がするのだけど。「女」ではなく、「母」エリザベスを口説いたところに、リチャードの敗因があったのだ。
 ヘンリー7世との最後の決戦で、リチャードは死闘を展開する。馬を失い、彼は叫ぶ。「馬をくれ、馬を!俺の王国を代わりにやろう」。最後に強烈なエロティシズムをまき散らしながら、この異形の悪魔は戦死する。

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