9/03/2009

エリザベスとメアりー①

 世の中には、おいおい、ちょっと待てよと言いたくなるような恋があるもので、このケースもその類に入る。メアリー・クイーン・オブ・スコッツである。
 メアリー・スチュアート。同時期にイングランドの女王であったエリザベス1世と、永遠のライバルのように言われるが、統治者として見たとき、残念ながらメアリーに歩はない。しかし彼女の波乱万丈な人生は、人々の記憶にとどめられるべきものだと思う。
 メアリーは、生後すぐスコットランド女王に即位したのち六歳でフランス皇太子と婚約、彼の地に送られる。やがてフランス宮廷の洗練された文化を身につけ、その美貌と才能に対する賛辞は惜しまれることがなかった。十七歳で結婚。フランス王妃となるも、夫のフランソワ二世の急死で十八歳にして未亡人となり、故国へ帰ってくる。
 帰国後の治世は、力を伸ばすプロテスタント勢力とも折り合いをつけながら、まずは平穏。ところが二十三歳のとき、周囲の猛烈な反対を押し切り十九歳の青年ダーンリ卿と結婚したことから、彼女の人生は呪われたものとなってしまう。
 少し話が長くなるが、隣国イングランドは当時、宗教改革をまがりなりにも達成したとはいえ、まだまだ政情は不安定。何といっても、カトリックに弓を引いたヘンリー八世自身が、いったんエリザベスを非嫡子と認じてしまっているから、エリザベスはローマから見ると非合法の君主。正当なイングランドの王位継承者は、同じ血を受け継ぎながらスコットランド女王でもあるメアリーという、実に複雑な状況にあった。メアリーの結婚問題は、当時のヨーロッパにあって、極めて政治的な意味合いを持つものだったのである。
 ところで、そもそも最初の夫であったフランソワだが、メアリーにとっては、共に育ったいわば幼馴染み。彼女が十七歳で結婚したとき、彼はまだ十五歳だった。子供の頃から病弱で、くる病のため性的には不能だったのではないか、という説もあるようだ。もし事実だとすると、ダーンリは彼女にとって、肉体を伴ったいわば初めての男性である。持てる権力の全てを使って、彼女は初恋に賭けた。   
 ヨーロッパ中の期待を裏切って夫としたダーンリだが、「王」となるや横暴を極め、たちまちのうちに無能を露呈。揚げ句の果てには、批判にさらされ傷心のメアリーの寵愛を受けていた音楽家リッツィオを、仲間と謀って彼女の目前で刺殺。メアリーの心はやがて、剛毅な実力者ボズウェル伯に移ってしまう。
 そしてダーンリは暗殺され、直後にメアリーはボズウェルと結婚する。民衆は、ダーンリ殺害を二人の共謀と疑わず、ついに追われる身に・・・。彼女の恋は、今度は持てるもの全てを捨てての恋となった。

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